Brand New Day
(小説/CPなしオールキャラ)暁月
思えば非日常の連続だった。
今の世の中、何が起きてもおかしくない。
そう思っていたオレの概念を、日常を、一瞬にして崩した奴
――鋼野剣という、非日常の塊によって。
だが、そんな日々も、今日終わりを迎える。
整然と並んだ生徒。
スーツを着こなし、魔王の面影など微塵も感じさせない校長。
そして、いつもの勇者服を脱ぎ捨て、礼服を着、実写したら急激にダサくなる髪を落ち着かせた鋼野。
通常あるべき日常が、そこには無かった。
そう、脳内で考えながら、オレは気付いた。
いつの間にか、鬱陶しがっていた非日常が、オレの中で日常となっていたのだと。
卒業式。
その全ては、至ってありふれた、どこにでもあるものだった。
Brand New Day
「卒業証書、授与」
司会役の、教頭の声が響く。当然ながら、ふざけた被り物なんて被っていない。
槍崎のクラスの呼名が始まる。
童顔のせいか、礼服を着ても、七五三のように見える以外は、至って普通だった。
「黒須矢弓」
「はい」
真っ直ぐに響く、委員長の声。
槍崎によって、変な力が目覚めているようだが、委員長は委員長だ。
精練された心身から紡ぎだされる委員長の声。
心残りがあるとすれば、学校のときのように、気軽に委員長の声を聴けなくなることだろう。
「以上、39名」
槍崎クラス全員の呼名が終わる。
生徒の表情は、皆満足気な顔をしていた。
槍崎と入れ替わりで、奴――鋼野が、マイクの前に姿を現す。
何かしでかすか?というオレの思いは、杞憂に終わる。
一人一人、奴としては丁寧なくらいに、呼名を始める。
「ぶ…小野石男」
「はい」
前言撤回。今ブタって言おうとしただろ。
まぁオレも呼んでるけど…少なくとも教師が、親が大勢いる前で言ったら大問題だぞ?
そんなトラブルはあったものの、その後は立て直す鋼野。
カ行の呼名が始まり、とうとうオレ――河野盾の番がやってくる。
どうする?やっぱりここは大きな声で返事するべきなのか?
いやいや、それも目立ちたがり屋みたいだな、いや、でも――
「河野」
呼ばれた。遂に、来た。どうする、オレ。
「たて」
「……は?」
思わぬ奴のボケに、卒業式の雰囲気や、ツッコミという立場を忘れ、ただ疑問を口にするオレ。
今のは聞き間違いだよな。きっとそうだ、いくら鋼野でも――
「あれ?いないのか、河野たて。おい、たて!返事しろ!」
「たてじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」
いやいや、普段じゅんて呼んでたくせに、何で今になって間違えるんだ!?
反射的にツッコミを入れるオレ。
もちろん、すぐに我へと返る。今は、厳粛なる卒業式の場面だと言うことに。
ざわつき始める周囲。自然と集まるオレへの視線。
なんだよ……なんで卒業式まで、奴に振り回されなきゃならねーんだよ……
涙目になりそうなオレに、救いの手を差し伸べたのは元凶だった。
「落ち着いてください。彼の名前の間違えた私がいけないのですから」
奴にしては珍しく、素直に自分の非を認めた。奴は、更に言葉を続ける。
「彼の名前の漢字は、人を守る”盾”です。
彼は、その名の通り、このクラスを、時にはツッコみ、ツッコミをいれながら守っていました。
彼のツッコミは、その名残なんです。どうか彼を、怒らないでやってください」
体育館全体が、静けさに包まれる。
沈黙からの、突然の歓声。
「素晴らしい…なんて素晴らしい先生なんだ…!」
「さすが勇者先生!!」
「やっぱり勇者先生は勇者だな!!」
そのどれもが、奴を讃える声だった。
まぁ無理もない。去年のある騒動以来、奴はちょっとした有名人となっているからな。
それにしても、だ。
奴は相変わらず、変に口だけは上手い。
元はと言えば、奴が俺の名前を間違えたのが原因のはずだ。
普通だったら、生徒の名前を間違えるなんて…という流れになってもおかしくない。
だが、奴は最初からそうだ。妙なカリスマ性と、運の良さを兼ね備えていた。
気に食わない。どうして皆、奴の本性に気付かないんだ。
そんな思いが、頭の中で何度も繰り返される。
つまらないお偉いさんの言葉や、テンプレートな校長の台詞など、オレの耳に入ってなど来ない。
卒業式は案外あっけなく、そして淡々と終わりを告げた。
********
ホームルームでも、奴は相変わらずだった。
生徒の保護者がいる手前、突拍子もない発言や、ゲスさはない。
いかにも媚を売るような、万人受けするような言葉。中身があるようで、奴はおそらく何も考えていないのだろう。
「盾、卒業式、名前間違えて悪かったな」
本当は悪いとか、思っていないくせに。
そう、心の中で悪態をつきながら、オレは奴から卒業証書を受け取った。
ホームルームも、奴にしては真っ当なものとなっていた。
奴の言葉に、泣く奴もいた。特にまさゆき。奴の顔は、見れたものではない。
「ぜんぜぃ…ぼれ…オレ……」
「泣くな、まさゆき!勇者なら、新しい旅立ちは笑顔で行くものだろ!!オレの教えを忘れたのか!」
「うぅっ…すみまぜん、ぜんぜい…!!」
昔から、卒業式は泣くタイプではなかった。
だが、これ程泣けない卒業はないだろう。ようやく奴から離れられるんだ。嬉しささえ感じる。
本当にそうか?というセルフツッコミなど、幻聴に過ぎない。
泣き声の大合唱の中、ただ一人、俺だけは傍観者となっていた。
最後のホームルームなどという感慨も無く、オレは足早に教室を去る。
そんなオレを追い、火野木が声をかけてきた。
「ねー河野、勇者部で集まったり…しないか。河野だし」
「オレだから何だよ!!別にいいだろ、そんな集まるような程でもないだろ」
「まぁそうね、なんかわざわざ今集まらなくても、また会いそうだし。何年先も」
「不吉なこと言うなよ」
言葉ではそう言いつつも、オレはどこか嬉しさを感じていたのかもしれない。
「うわぁ、河野、にやけて気持ちわる…」
火野木に指摘されるまで気付かなかった。
口角あたりが痛い。普段、あまり使わない表情筋が引きつっているんだろう。
だが、何となく素直に認めたくはなかった。
「べっ、別ににやけてねーだろ!!何でにやけなきゃならねーんだよ!」
「部長、ツンデレ乙www」
「ブタ、テメーの方は気持ち悪い。男のツンデレなんて誰が得をするんだよ」
「誰も得はしないね」
「なら最初から言うなよ」
ブタのウザいノリに、テンションは下がりながらも、ツッコミを入れる。
コイツとは二度と会わなくてもいいな。あぁ。
「まぁ何もやらないなら帰っていいか。じゃあね、河野」
まるで、また明日も会うかのような気軽さで、火野木とブタは去って行った。
残された、オレ一人。他の連中は、卒業式ムード真っ盛りだ。
オレを引き留めるものは、何もない。
これ以上、何を期待しているんだ、オレは。
「帰るか」
誰に言うわけでもなく、オレはそう呟き、校舎から姿を消した。
********
漫画とかである卒業式では、桜が描かれていることが多い気がする。
けど、実際は、満開の桜など、無い。あるとすれば桜のつぼみくらいだろう。
現に、どこを見渡しても、桜なんて見当たらなかった。つぼみすらも、無い。
「本当に今日、卒業式なのか?」
校舎を去れば、静かなものだ。校門周囲は、俺の姿しかない。
母さん父さんは勿論卒業式に来ていた。
だが、ビデオカメラで撮るとか何とか鬱陶しかったので、クラスで何かすると言い、両親をオレから引き離した。
実際はそんなことも無いけどな。
校門の前へ立つ。
オレが学生として、この門を出るのは、これで最後だ。
それがどうした?もっと喜べよ?
この忌々しく、うるさくて騒がしい学校から、解放されるんだぞ?
もう、個性的過ぎる奴らに振り回されなくてもいいんだ。
もう、勇者部に連れまわされることないんだ。
もう、あのバカ勇者――鋼野剣に、会わなくてもいいんだ。
「…はっ、バカらしい」
そうだ。この一歩さえ、踏み出せば。オレは解放されるんだ。
躊躇する理由なんて、どこにもない。
「帰る、か」
右足が宙に浮き、地面に着く。当たり前だが、簡単な行為だ。
もう片方の足も、同じようにしていく。
左足が地面に着地したとき。
オレは、卒業生となっていた。
解放されたんだ、オレは。
さて、帰って受験勉強中できなかった海藻物語でも―――
「おーい!!盾!!!」
そう遠くない後方から響く、聞きなれた声。
振り返るまでもない。だけど、何度も呼ばれるのも恥ずかしいので、振り返っておく。
いつもの、実写化したら急にダサくなる髪型。ふざけた服。
「おせーよ、鋼野」
顔を合わせたくなかったはずなのに。関わりたくなかったはずなのに。
オレは、テンプレート的な登場に、どこか安心していた。
こんな絶好の場面で、奴が現れないはずはない。現れない方が、後々怖い。
「またせたな、盾」
「別に待ってないけどな」
さっきのホームルームとは違う。いつもの会話。
「今更何しに来たんだよ。もう校門、出たぞ」
「校門出たからって言って、勇者の旅は終わららないだろ?」
「訳分かんねーよ」
そうは言いつつ、オレは知っている。その訳の分からなさが、鋼野だと。
だが、奴が何しに来たのか。それは、未だに分からない。
考えるのを放棄したオレは、仕方がないので奴の回答を待った。
すると、奴は何やら丸めた紙を取り出し、ニヤニヤし始めた。
「…何だよ。卒業証書なら、さっき受け取っただろ?」
「甘いな、盾。誰が卒業証書と言った?」
「ニヤケ顔うぜぇ…」
下がる一方の俺のテンションとは反比例し、奴のテンションはどんどん高まっていく。
俺が見せられたのは、クエスト、の四文字。
「…クエスト?」
「言っただろ?門を出たからって、勇者の旅は終わらないってな」
未だに、奴の意図が分からない。コイツは一体何をしたいんだ。
回答は、すぐに奴の口から語られた。
「お前は勇者部の一員だ。勇者部は、生まれつきの勇者、このオレが名乗ることを許した、唯一の、勇者の為の部活だ」
「話が全然見えないんだが…」
「つまりな、卒業しても、オレたちの戦いは続くんだよ」
「何だよ、その打ち切り漫画みたいな台詞」
そんな、どこか心が痛むような台詞を吐いても、鋼野はどこ吹く風だ。
「そこで、クエストだ。一年後、お前ら勇者部は、新たなる力を得て、この学園に眠りし魔王を倒しに来るだろう」
「いや、それクエストのレベルじゃねーだろ!!魔王討伐はRPGの本題じゃねーのか!?まぁ魔王って言ってもあの校長だろうけど」
「言っておくが、勇者部に拒否権はないぞ!選ばれし勇者だからな!」
言っていることは滅茶苦茶だが、コイツの言葉は恐ろしい。
嫌がらせ、自分が楽しむためなら、何だってする。奴は、そういう男だ。
「…ったく、卒業式ぐらい、感傷に浸らせろよ」
「盾に、感傷に浸れるくらいの思い出なんてあるのか?」
「あるだろ!!勇者部で色々やらされたの忘れたのか!!って……」
オレは完全に自爆した。
完全なる、誘導尋問。
「盾、今お前、勇者部のこと言っただろ?何だかんだ言って楽しかったんだろ?な?オレのおかげで楽しかったんだろ?」
勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる鋼野。こんなのが教育者でいいのだろうか。
そう思いつつ、オレは思う。
楽しい、楽しくないかは別にして、この学園で過ごした日々は、きっと普通ではありえない、非日常であったと。
おそらく、これからの人生の中、こんな非日常は、もう二度と訪れないだろう。
奴に聞こえるか、聞こえないかの声で、オレは呟いた。
――言ってやるよ。楽しくはないが、ずっと忘れない、忘れられないだろう、ってな。
奴を見る。案の定聞こえていない。聞こえなくていい。聞こえて欲しくなど、ない。
もし、聞こえていれば、奴は更に調子に乗るだろう。
代わりに、オレは奴に言った。
「受けてやるよ、そのクエスト。どうせお前なら、オレが来ないって言っても引きずってでも連れてくるんだろ?」
「よく分かってるな!さすが盾だな!」
「そのかわり、驚くなよ?レベルアップしたオレを」
「あぁ、楽しみにしてるぞ!ツッコミスキルアップ!」
「そっちじゃねーよ!!」
最後の最後まで、オレは奴にツッコミを入れてしまった。
さよならなど、言わない。奴にはまた、会うんだからな。
もう一度、校門周囲を見渡す。
すると、桜のつぼみが一つ、二つ、三つと、姿を現していた。探さなくても、見つかる場所に。
「まぁ見つからないよな」
霞んだ視界の中では、どんなにはっきり表れていようと、視えるはずもない。
そんな視界も吹き飛ばす、奴の存在。すっかり、ドライアイになるくらい、乾いてしまっていた。
新たな春の息吹は何よりも、非日常からの終わりを、そして日常の始まりを象徴していた。